文豪たちの写真史 ー 文学でよむ日本の写真表現の地と図(はじめに)文:打林俊

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※2020年6月に掲載された記事の再掲です

 

 ある小説家をめぐって、不思議な体験をしたことがある。その小説家の経歴は、おおよそ次のようなものだ。

ハートフィールドは1909年にオハイオ州の小さな町に生まれ、そこに育った。父親は無口な電信技師であり、母親は星占いとクッキーを焼くのがうまい小太りな女だった。陰気なハートフィールド少年には友だちなど一人もなく、暇をみつけてはコミック・ブックやパルプ・マガジンを読み漁り、母のクッキーを食べるといった具合にしてハイスクールを卒業した。卒業後、彼は町の郵便局に勤めてはみたが長続きするわけはなく、この頃から彼は自分の進むべき道は小説家以外にはないと確信するようになった。
 彼の五作目の短編が「ウェアード・テールズ」に売れたのは1930年で、稿料は20ドルであった。その次の1年間、彼は月間7万語ずつ原稿を書きまくり、翌年そのペースは10万語に上り、死ぬ前年には15万語になっていた。レミントンのタイプライターを半年毎に買いかえた、という伝説が残っている。

 彼の小説の殆んどは冒険小説と怪奇ものであり、その二つをうまく合わせた「冒険児ウォルド」のシリーズは彼の最大のヒット作となり、全部で42編を数える。〔……〕そのうちの幾つかを、僕たちは翻訳で読むことができる。(村上春樹『風の歌を聴け』、講談社、1979年)

 司書出身の作家久保輝巳は、『図書館司書という仕事』(ぺりかん社、1986年)の中で、大学図書館でハートフィールドの著作を読みたいという学生のリクエストに応えて本を探したものの、翻訳本はおろか原書の出版の形跡すら見つからずに軽い苛立ちを覚えたというエピソードを紹介している。それもそのはず、そんな小説家はいないからだ。しかし、いかにも実在しそうな迫真性である。僕自身、久保の回顧談に出会うずっと以前に、やはり村上春樹にだまされたひとりだった。
 小説の冒頭の章ではハートフィールドの言葉が「引用」されてその典拠まで記されているし、あとがきには彼の墓をアメリカに訪ねたという嘘まで書かれている。
 僕がここで嘘といったのは、小説のあとがきとは本来、パラレルワールドを脱して作家本人の経験に基づいたことばが書かれていると信じきっていたからにほかならない。実際、このことについて、村上はのちにインタビューでネタばらしをしている。

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春の胎内潜り:芽吹く身体の眼差し 志賀理江子「ヒューマン・スプリング」展 文:難波阿丹

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※2019年5月に掲載された記事の再掲です
2019/3/5〜5/6にかけて東京都写真美術館で開催された、志賀理江子「ヒューマン・スプリング」展レビュー

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 志賀理江子は、人々の眼差しを追いながら、「身体に潜む生物としての勘」(*1) のようなものを働かせつつ、作品制作を続けている。2019年3月から5月にかけて、「春」に立ち上げられた東京都写真美術館の展示「ヒューマン・スプリング」には、各パネルの表・左・右・裏面と異なる写真が貼り付けられたインスタレーションの圧倒的な存在感と共に、氏がこれまでに集めてきた人々の眼差しが、静かに、それを目撃する立場の者との距離をつめてにじり寄ってくるような不気味さが刻印されている印象を受ける。

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「わからなさ」に足を踏み入れる 志賀理江子「ヒューマン・スプリング」展 文:酒井瑛作

paper 2023-01

※2019年5月に掲載された記事の再掲です
2019/3/5〜5/6にかけて東京都写真美術館で開催された、志賀理江子「ヒューマン・スプリング」展レビュー

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 志賀理江子の写真の前では、ただただ呆然とするしかない、という感じがする。写真に象徴されているものが何なのか、何とでも言い表せる気がして、しっくりとくる言葉が見つからない。展示会場から出てきた若いカップルは「なんか……すごかったね」と、お互いに何かを確認し合い、その場を後にしていった(気持ちはわかる)。そう、一言で言えば、難しいのだ。過去作『螺旋海岸』『ブラインド・デート』などでは、写真集とともにテキスト集が出版されており、文章から理解の糸口を得られるようになっているが、今回の会場内にはストイックに写真作品のみ展示されている。唯一、手がかりとなるのは、会場入り口で手渡される作品のタイトルリストだ。

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自画像試論:セルフ・ポートレイトからオート・ポートレイトへ  文:調文明

magazine 2023-01

※2019年5月に掲載された記事の再掲です

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「C97 を 35 から 28 へ。ない」
「C98 を。やっぱりそうだ」
「C96 を。これも」
「C92。4 から 13 へ。42 から 30 へ。これもだ」
「これも。この写真にはみんなカメラがない!」
――攻殻機動隊 S.A.C. 第 4 話「視覚素子は笑う」

 これは『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のテレビシリーズ第4話に出てくるセリフの一部である。公安九課に所属するトグサが本庁で同期だった人物(不審な事故死を遂げる)から受け取った写真プリントを解析している際に発した言葉だ。彼は何を解析していたのか。それはプリントに写る反射物である。ガラス扉、人間の目、そして鏡。本来なら撮影者=カメラが反射して写っているはずなのに、そこにはカメラがない。トグサが最後に手にした写真、そこにいるのは、鏡に向かって髭剃りに専心する男の姿だけだ。
 この事件をきっかけに公安九課は巨大な陰謀に巻き込まれていくことになるのだが、それは本論の趣旨ではない。注目したいのはこの一連の写真である。種明かしというわけではないが、どうしてこのような写真が撮れたかというと、捜査官の電脳に(同意なく)埋め込まれたインターセプタ―と呼ばれる視覚素子=電子部品によって、仕掛けられた人物が見たものをそのまま映像化することができたからである。トグサが最後に手にした写真だが、当の本人には撮影している意識はないため、さしずめ自我なき自画像とでも言うべきだろうか。

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写真的排外主義「フォトウヨ」とこれからの写真 文:村上由鶴

magazine 2023-01

※2018年11月に掲載された記事の再掲です

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排外主義の時代に 

 ドナルド・トランプが、国境に壁の建設を訴え、「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」と叫びながら大統領に就任してからというもの、リベラルな価値観に対する揺り戻しが、世界各地で起こっています。EU 諸国でも、ネオナチの流れを汲むような極右政党が躍進しているし、ここ日本でも、排外主義的な考え方の根深さを日々感じます。特に、インターネットを中心に極端に差別的な言説を発信する「ネトウヨ」は、「国粋主義」や「愛国心」などを持ち出しながら、 旧来の日本的価値観に対する変革の動きや、特定の近隣諸国に対する敵対的な発言を繰り返しています。彼らの思想が社会に浸透することによって従来からの「保守的」な思想が捻じ曲がり、排外的な感情が増幅される事態が、日本でも起こっているのではないでしょうか。

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NHK「ETV特集」にて本土復帰前後の沖縄を記録した平良孝七が特集。写真家の石川竜一が出演

TV 2023-01

写真家の平良孝七が取り上げられた、NHKの番組「ETV特集」が放送。写真家の石川竜一が出演。放送日時は2023年1月7日(土)午後11:00より。NHK+にて同時、見逃し配信が可能。

フラットネスをかき混ぜる🌪(1)二次元平面でも三次元空間でもないフラットネス🚥 文:水野勝仁

magazine 2023-01

ヒトの認識の更新という視点からメディアアートやインターネット上の表現を研究する著者が、Photoshopを用いた大胆な加工の痕跡を作品に残すことで知られる写真家のルーカス・ブレイロックによる「すべてそれらのフラットネス(=平坦さ・単調さ)のために〔for all their flatness〕」を手引きに、コンピュータと結びついたカメラによってもたらされる画像としての写真を考察する。機械の「眼」によって三次元空間を二次元平面へと変換する写真が、色情報であるピクセルの組み合わせとしてディスプレイ(画面)に提示されたとき、写真は非意識レベルでヒトの認識を制御する「情報源」として存在するようになる。

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iiiiD 12.2022

magazine 2022-12

 

table of contents

  • Album 01 ↵
    • unseen birds sing 幸本紗奈 [一挙掲載]
  • Album 02 ↵ 
    • TOPOS(三) /喜多村みか
    • あわせ鏡(二)Pain control /片岡利恵
    • うずまる(四) /北上奈生子
    • 展覧会記録写真展(四) /竹久直樹
    • 彼方への一歩(四) /根間智子
  • Paper 
    • [展評]  王露「Frozen are the Winds of Time」/打林俊
    • [随筆]  記念写真  before|after (三) /海老原祥子

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iiiiD 11.2022

magazine 2022-11

 

table of contents

  • Album ↵ 
    • TOPOS(二) /喜多村みか
    • あわせ鏡(一)その時が来る前に /片岡利恵 [新連載]
    • うずまる(三) /北上奈生子
    • study (三) /伊丹豪 [最終回]
    • 展覧会記録写真展(三) /竹久直樹
    • 彼方への一歩(三) /根間智子
    • O.A. -On Air(三) /上続ことみ [最終回]
  • Paper 01 
    • [随筆]  記念写真  before|after (二) /海老原祥子
    • [展評]  井上雄輔「WINDOWS」/打林俊
  • Paper 02  
    • [評論]  フラットネスをかき混ぜる🌪(四)認知負荷ゲームとしてのエキソニモ「Sliced (series)」(1) ──《A destroyed computer mouse, sliced》を見る体験を記述する👀✍️ /水野勝仁

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